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10月4日は父、勝治の祥月命日

秋晴れ。10月4日は父、勝治の祥月命日です。あの日も素晴らしい天気でした。34年前の今日、密葬。10月10日には、約2000人のお参りを頂いて尼崎文化会館で本葬儀を執り行いました。享年64才。あれから34年の年月が。

 明治から大正、昭和の初期まで関西の大侠客と云われたのが、鴻池忠次郎(子分3000人余)、その弟の鴻池藤太郎。その藤太郎の長男が私の父、鴻池勝治です。早稲田大学で学び?山下汽船でサラリーマン。その時の上司がなんと石原都知事の父上であったとか。山下汽船でインターン?を終えて家業の運送業、尼崎鴻池組、尼崎港運?へ。仕事と任侠と、そして戦後、尼崎市議(一期)、兵庫県議(五期)へ。

 その時、私は30歳。ひとりっ子の私は、何か変化が起きた時、困った時はいつも仏壇の親父に相談、「親父ならどうする」が若き経営者の判断基準でもありました。30歳で社長、40歳で青年会議所会頭。42歳、衆議院選挙出馬、敗退。45歳衆院初当選と進みます。山あり谷ありの人生ですが、いつも「親父ならどうする」で歩んできました。

 そして今は、一途に政治を。家も会社もなくなって親父は天上でどう思ってるんだろうな。親父もそうとう借金残してくれたんだけどね。こんなことをよく言ってました。「自分の親父(藤太郎)が死んだ時は葬式の費用もないくらいだった。しかし、その葬式の日は尼崎市の学校も役所も全部が休日となった。金では買えない「信用」「徳」という財産を残してくれた」と。

 私の今あるのも、先祖代々特に祖父や父の「信用」と「徳」の延長線上にあるのです。ところで三代目の私も、この11月28日で父の享年64歳となる。あと何年お役に立てるかわからないが、私も「富」は残してやれない。でも四代目や五代目(来年から幼稚園)そして家族たちが胸を張って生きて行ける「信」の一文字だけは必ず残してやろうと思っています。秋空を見上げてそんな思いの朝でした。

 母は、おかげさまで元気です。88歳。少し足が弱りましたが、頭脳明晰。一昨日は大阪の松竹座へ勘九郎さんの「夏祭り団七」を見に行きました。大阪船場の昆布問屋のコイさん(末娘)。代紋入りのハッピと提灯で迎えられての嫁入りの日だったそうです。だから私のDNAは「政」「侠」「商」の3本立てでしょうか。

 国会は10月12日召集となるようです。またまた政治と金の問題。日歯と橋本派の件とか、省庁の役人の汚職。嫌になりますね。皆、市中引き廻しにすればいいのですが、それを取り締まる警察までがね。こんなことばかり国会でやるようじゃ国民は本当に不幸です。それにプラス、小泉外交と人事。総理補佐官の二人。まったく意味不明の存在であり、あの脂ぎった顔と乾燥しきった顔の対照的なこと。あまりTVに映さないで下さい。わが党も「下野」する方向に進んでいるのでしょうね。この発言は私のDNA「侠」の部分。今から上京します。

10月6日 午前11時 自宅にて