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「必然」と、「時空」

「必然」と、「時空」(時間と空間)を深く考えることの出来たこの数日でした。

 兵庫県の最南端「沼島」。南あわじ市の観光協会長でもあり親友の鳥井氏に淡路に行くと言ったら、それなら4日に来いよと言う。「沼島」の祭りに誘われた。島民は300人ぐらいか。しかし5月3日と4日には4倍から5倍に人口は膨らむ。「祭」に島外の親族や家族が帰ってくるから。あれから25年が過ぎた。私にとっては25年振りの「沼島」でもあった。

 土生(はぶ)の港から渡しの小型船で、若き候補者とそのスタッフは意気揚々と上陸。兵庫二区で衆院に立候補を決意した私は、選挙区の最南端の「沼島」を選挙活動の第一声としたのだ。港の前のお寺にご無理をお願いして「演説会」を開催した。島中にハンドマイクでPRし、いよいよ開会の時間となった。誰も来ない!!本堂にはお借りした座布団が敷き詰めてある。10分、20分、30分経過。犬も、猫も来てくれない。(そこは原健三郎先生の強力な地盤であった)

 50分が過ぎた頃、真黒の顔に半パンツ、ランニングシャツの少年が現れた。私はその子をとっ捕まえて相撲を取る。さんざん遊んでいると、その子の母親が心配そうに見に来た。

 さて引き上げるか、しょうがない。船が港を離れたその時。「オーイ、オーイ」と手を振って自転車に乗ったあの真黒の少年が見送りに来てくれた。島津泰典君、当時小学校4年生。

 小さな島は「祭」で沸いていた。案内役はその子の母。高野山真言宗「神宮寺」で中川宜昭住職と向き合った、心尽くしの冷えたビールと、沼島の魚。25年の月日が過ぎた。泰典君は家庭を持ち、鮮魚の仕事でしっかり金を稼いでいる。その日は子供の柔道の試合とかで、島では会えなかったが。 

 5月12日は三木露風の「赤とんぼ」で有名な龍野。龍野青年会議所が出来て40年。記念式典が行われましたので出席をしました。その前に龍野市内の「ふくや」という呉服店に立寄りました。前に来た時と全く様子が変わっていたのには驚きました。量販店「ジャスコ」のすぐ前だったお店。その店はやっと見つけましたが・・・・。ジャスコが取り壊されていたのです。

 私が青年会議所の兵庫県の会長、そして福島君は同じ兵庫ブロックの監事という役目。彼は確か私より二つ上の38才だったか。豊岡市内で役員会を終えたところで福島君は「帰らなければならない」と挨拶。「自分が世話役の一人である商店街に「ジャスコ」が進出。多くの問題があったが商店街が協力して、実は明日がオープンの日なんや。皆さんと一緒に一泊して楽しくやりたいが、今日はこれで失礼する」、と。

 帰路、彼は交通事故で帰らぬ人となってしまった。晴れやかなオープンの紅白の幕は、彼の店だけ白黒の葬儀の幕になっていた。仏壇の上の彼の写真はあの時のまま若々しい。

 ジャスコは取り壊されていた。回りの商店街はほとんどシャッター。「寂れる」を絵に書けばこうなるのでは。量販店はけしからん!!と思う。街の風景を変え、八百屋さんや、魚屋さんから客を奪う。日本中の、特に地方の駅前の商店街や市場は消えつつある。アメリカ化は日本人の心まで蝕む。「え!!ジャスコがなくなった?」30年前に最初から龍野に来なければ、福島は死なずに済んだかも知れない。

 龍野青年会議所の式典は、JCらしく粛々と行われていた。福島は早逝したが、龍野JCが継続する大きな鎖のひとつであることはまちがいない。あれから30年の時が過ぎた。

 「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」と月に祈った山中鹿之助幸盛は「お前の大先祖様だ」と幼い頃から親父や色んな老人から云われていた。「だから、苦しいときでも逃げたらあかん。立ち向かって行け」と教えたかったのだろうと思う。

 兵庫県姫路から北方へ1時間ぐらいのところに佐用町がある。山間の町で山中鹿之助の居城があったといわれた古戦場でもある。

 「ああ上月城」「天久の風雲児」という詞が町の女性が作詞し、曲がついた。「上月城址」でお祭りがあるからと誘われて出かけた。青天に見上げる緑深い古戦場は、やはり400年の時空を感じるには格好の風景でもありました。

 今日、昼前の参院本会議で「国民投票」の法律が成立しました。なかなか難しい事ですが、憲法改正に向かって確かに一歩進みました。

 私は39才の時、青年経済人の集まりである日本青年会議所の会頭に選ばれました。その時のテーマが「日本の安全と防衛」でした。当時とすれば随分各方面から異議を頂いたものでした。私の志は、日本の国柄を守ることです。その為にも憲法は改正しなくてはなりません。

 私が政治を志したのも、この一念からでもあります。あれから27年。今日の採決は感慨無量でした。歴史の「必然」を感じます。

 長い間、ご無沙汰をしてしまいましたので、「大丈夫か?」とご心配の問を頂きましたが、お陰様で元気です。ところで東京の大学で「はしか」が流行しているようです。子供の頃かかっていない人は用心して下さい。

  5月14日(月) 午後6時半 議員会館にて